サパンダク小学校を訪問しました。


フィリピンで知り合った大人たちにタトロプロジェクトのことを話すと、「ぜひマウンテンエリアに寄付して欲しい。このエリアの子たちはもっと貧しいから。」とよく言われていました。

山の方の人たちは農業などが生計の基盤となっているため、市街地の人に比べ収入が低いと。そして重ねて寄付やボランティアなどの目が届きにくく、それらの提供も少ないというのが彼らの主張でした。

百聞は一見にしかずということで、早速足を運んでみることにしました。

バイクで山を登ってサパンダク小学校へ


マウンテンエリアといってもセブ市内であって、中心街からもタクシーとバイクを乗り継いて1時間以内で行けます。山の上の方はタクシーの乗り入れができないため、バイクが主な移動手段となっているようです。

山の方でもやはり子供の数はとても多い。あちらこちらに子供たちの姿が見て取れます。私が小学校を訪れた時は校長先生が不在だったため、他の先生が代わりに私をいろんな教室へ案内してくれました。

幼稚園生から6年生までそれぞれの教室を周り、子供たちがどんなバッグや学校道具を使っていて、どれくらいの人数の子たちが支援を必要としているのか調査しました。

私の目から見ると彼らは十分に必要なものを持っていて、不足はほとんどないと感じました。もちろん大きなバッグが買えなくて家にある赤ちゃん用の小さなバッグを使っている子や、リュックの代わりに小さなショルダーバッグを使っている子もいました。

大人たちはそんな彼らを見て「かわいそうでしょ?」と言いました。しかし私はそれには同意せず、彼らのことを賢いなと思う自分がいました。小さなショルダーバッグで通学している子は、家が近いので手に持って教科書を持ってきていると。お昼に一回家に帰るのでその時に教科書を差し替えてるとのことでした。

小さなリュックの子は、教科書が入らないので教科書を持ってくるのを諦めたと。その代わり隣の友だちに見せてもらっていると。

私はそういう工夫でやりくりしている彼らをとても誇らしいと思いました。そしてそこには不足はないと感じました。もちろんそれぞれが大きなバックを持っているに越したことはないかもしれませんが、”不足している”と定義する必要はないんじゃないかと私は思いました。

裸足で川を渡って家に帰る子供たち

川を挟んだ先に家がある子たちは、毎日川を渡って小学校までの往復を繰り返しています。もちろん都会育ちの人にとっては、毎回靴を脱いで川に入って大変だなー。不便だなー。と感じるかもしれません。

おそらくフィリピン人の大人たちも、私がそういう感想を持つであろうと思っていたと思います。しかし私は純粋に楽しそう…と感じていました。私が育った環境には川を渡って学校に行くっていうアクティビティが無かったなと。ちょっと羨ましいくらいに思っていました。

目の前にある環境をいいものと捉えるか悪いものと捉えるかで、その状況は大きく変わってくると思います。子供たちの川を渡る姿を見ていても、彼らはとても楽しそうで友だちに水を掛け合いながら楽しく渡っていました。

彼らをかわいそうな子たちであると見れば彼らはかわいそうな子になるけれど、かわいそうな子であると定義しなかった私の目には、彼らはかわいそうな子たちではありませんでした。

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